風が吹く。
スリランカ中部の平原に、突き上がるような岩山がそびえている。
それが「シーギリヤ・ロック(Sigiriya Rock)」――
そして、そこに一つの王国を築こうとした若き王子の物語が残されている。

王の息子、カッサパ
時は5世紀。
スリランカの王国を治めていたのは、偉大な王 ダーッタセーナ。
彼には二人の息子がいた。
正妻の子 モッガラーナ、そして側室の子 カッサパ。
王位を継ぐのは本来、正妻の子モッガラーナ――
しかし、野心に燃えるカッサパは違った。
彼は心の奥でこう思っていた。
「王として生まれながら、王になれぬのか。
ならば、自ら王となろう。」
その欲望は、やがて父をも飲み込んでいく。
父を捕らえ、王位を奪う
ある日、カッサパは反乱を起こした。
忠実な将軍たちと共に宮殿を包囲し、父ダーッタセーナを捕らえる。
父は王の宝を求められると、
彼を大きな貯水池へと案内し、こう言った。
「これがわたしの宝だ。
王国を潤し、人々を生かす水。
これこそ真の財だ。」
しかしカッサパは、その言葉を嘲笑い、父をその場で殺してしまった。
その瞬間から、彼の運命の歯車は狂い始める。
逃げた弟、そして「岩の城」
王位を奪ったカッサパだが、
弟モッガラーナは命からがらインドへと逃れる。
彼がいつか軍を率いて戻ってくる――
カーシャパは常にその恐怖に怯えていた。
「この地に、誰にも攻められぬ要塞を築く。」
彼が選んだのが、
巨大な一枚岩の上、シーギリヤだった。
シーギリヤの建設
高さ200メートルを超える岩山の上に、
カーシャパは壮麗な宮殿を築き始めた。
断崖に彫られた階段、
岩肌に描かれた天女のようなフレスコ画「シーギリヤ・レディ」、
水の都のような庭園、幾何学的に設計された池――
その全てが、彼の「孤高の夢」を象徴していた。
「この岩こそ、私の城。私の世界だ。」
だが、人々の心は違った。
父殺しの王に従う者は少なく、
民の祈りは、遠いインドのモッガラーナ王子へと向かっていた。

兄弟の最期
数年後、モッガラーナはついに帰還する。
インドの軍を率いて、カッサパ王の城を包囲した。
戦場で、カッサパは黄金の馬にまたがり、堂々と前線に立った。
だが、ふとした誤解が彼の兵に混乱を生む。
馬を後退させただけなのに、
兵士たちは「王が逃げた!」と思い、戦列を崩したのだ。
孤立したカッサパは、最後の誇りを守るため、
自ら短剣を喉に突き立てた。
その血は乾いた大地に流れ、
静かに風に溶けた。
残されたもの ― 石の王国の記憶
戦が終わり、モッガラーナは兄の遺体を丁重に葬ったという。
やがてシーギリヤは廃墟となり、
森に飲まれていった。
しかし、時が流れても人々は語り継ぐ。
「シーギリヤの王子は、夢を石に刻んだ」と。
岩の上に残されたフレスコ画――
それは、罪にまみれた王が唯一描けた“美しい夢”なのかもしれない。
エピローグ
今、シーギリヤ・ロックは世界遺産として人々を魅了している。
天空の宮殿、幾何学的な水の庭、
そしてその頂上に立つと、遠く彼方に水平線が霞んで見える。
訪れる者は皆、風に耳をすます。
そして、遠い昔の王の声を聴く。
「この岩の上に、私は国をつくろうとした。
だが、心の中に城を築くことはできなかった。」
